ちとせの歴史

久留米ちとせライオンズクラブ結成式 1977年(昭和52年)1月9日

久留米ちとせライオンズクラブ結成式

チャーターメンバー57名
移籍メンバー33名・新メンバー24名

お礼のことば     久留米ちとせLC会長  鳥 越 繁 喜

最近にない世界的に異常とまでいわた寒波襲来の最中、昭和52年1月9日、久留米ちとせライオンズクラブは結成会を終えました。
スポンサークラブ、久留米りんどうライオンズクラブ5周年記念のアクティビティとしてエクステンションされ、チャーターメンバー57名(内訳、移籍メンバー33名、新メンバー24名)で337-A地区で108組目のクラブとして誕生することができました。結成会には、ガバナーをはじめご来賓の方々により数々の祝福と激励のことばを賜り、その感激に私達会員一同胸をふくらませて、本日の認証状伝達の式典をむかえるべく、全員一丸となって準備に取り組んでまいった次第でございます。

本日、この式典におはげましの思召しをもって、遠路ご臨席を賜りましたご来賓方々並びにブラザーライオンズクラブの方々のご厚情に対しまして、久留米ちとせライオンズクラブ会員一同衷心より厚く御礼を申し上げます。ご高承の事とは存じますが、幾千代かけて悠遠の流れを誇る筑後川のいにしえよりの呼び名がちとせ川でございます。

私達、ちとせライオンズクラブは、この川の流れの如く幾千代かけてライオニズムの高揚に力を尽くし、アイ・サーブでなくウィ・サーブで全員一致協力してライオンズクラブのスローガンとライオンズの誓いを実践していくべく懸命の努力をいたす覚悟でございます。

ご来賓並びにブラザークラブの皆さま、誕生したばかりの若いライオンズクラブでございますのでさぞかしご迷惑をかけたり、ご支援をお願いいいたしますことが多々あるかと思います。今日まで賜わりました有形無形のご友情とご支援を今後ともよろしくお願い申し上げます。
なお 本日は当クラブ晴れの門出の式典にあたりまして会員一同と相計り57名の小クラブではありますが、出来得る限りアクティビティをいたしたいと計画いたしました。お見かけどおりの簡素の祝宴で皆さま方に対しましては誠に申し訳なく存じますが、意のあるところをおくみ取りいただきご寛容の程お願いいたします。会員一同皆さま方のご厚情に対しまして、恥ずかしくないライオンズクラブに成長することをお誓いいたしまして、お礼とお詫びのことばといたします。本日は誠にありがとうございました。

※認証式における初代会長 L鳥越の挨拶文より

1977年(S.52)7月~1986年(S.61)6月 Part 1

1977年(S.52)7月~1986年(S.61)6月 Part 1

1977年(S.52)7月~1986年(S.61)6月 Part 2

1977年(S.52)7月~1986年(S.61)6月 Part 2

1987年(S.61)7月~1996年(H.08)6月

1987年(S.61)7月~1996年(H.08)6月